雨の匂い




 しとしと、しとしと。そんな風な音を奏でながら、小さな雫が空から降り注ぐ。口に入ってくるのは、生暖かい湿気を含んだ、濃厚な雨の匂い。空はそれほど暗くはないので、すぐにあがることだろう。
 シェルクの手には、たくさんの荷物で満腹そうなビニール袋が一つ。買い物に来ていたのだ。少し前までは暖かい陽射しに満ちていたから、傘はもちろん持って来なかった。
 結果が今の惨状。

「……まさか、降ってくるなんて……」
「……そうだな」

 同行者の青年は、長い髪をうっとうしそうに払いながら、うんざりしたような声でシェルクに同意を示す。真っ赤で、端の擦り切れたマントの下には、シェルクとお揃いのビニール袋。もちろん、こっちの方が少し大きい。
 見た目には兄妹でも通る二人だが、実際の年齢は親子を通り越して祖父と孫といったところ。世の中には不思議なことがたくさんある。そんな二人が、共に雨の中を進むのも、また一つの不思議。ほんの少し前までは、殺し合いさえしていた二人なのだから。

「……もうすぐ、止みそうですね。雲が切れてる」
「ああ。これ以上、濡れるのはごめんだな」
「ヴィンセントの髪、長いですもんね。乾くまで時間がかかりそう」
「その通りだ……」

 シェルクが思っていたことを口にすれば、ヴィンセントはそれに答えてくれる。WROまでは、まだ少し。

「……雨って、真下から見るとどんな感じなんですかね……?」

 ふと、シェルクは不思議そうに呟いた。降り注ぐ雫。真下から見れば、さぞ圧巻ではないだろうか。同行者の青年は、少女に負けず劣らず不思議そうな顔で、少女の方を向く。
 真っ赤な瞳は、彼の心を物語るように瞬く。

「……見てみればいいんじゃないか?」
「……そうですよね。見てみます」

 荷物を握り直しながら、その場で立ち止まる。心の中でその光景を想像しながら上を向いて。

「……っひゃっ!?」
「……?どうした、シェルク」
「めっ、目に雨が入って……。ヴィンセント、荷物持っててください!」

 押し付けるようにビニール袋を青年に渡し、シェルクはごしごしと目を擦る。まさか両目ともに入るとは。
 同行者の青年は、少し呆れたように少女を見遣る。呆れていて、どこか面白そうな顔で。

「……目が大きいから、な」
「……何で笑ってるんですか、ヴィンセント。……あ、雨が……」
「……止んだな」

 真っ赤なマントの下に荷物を隠したまま、青年は確認するように空を見遣る。雨のない空は、青く、青く。
 今後の晴天を確認出来たのか、青年はシェルクの方を振り返り、微笑んだ。

「……行くぞ、シェルク」
「……っ。はいっ」

 前を歩く青年の向こうに見える空には、鮮やかな虹。大きな大きな、空の微笑み。
 まるで彼の微笑みにつられたような。

「行きましょう、ヴィンセント!」
「……?ああ」

 青年から自分の分の荷物を引ったくり、少女は跳ねるように歩く。
 彼女の足元で飛び散った水溜まりの水が、小さな虹を作った。まるで、彼女と青年をそのまま表すような二つの虹。
 それに気付く者は、誰も、いない。

 雨の匂い、細やかな雫が運んでくれたのは、貴方の笑顔でした。




2012/09/04