3.涼しい風




 節電だなんだと最近はうるさい。だが彼らは分かっているだろうか。節電だなんだと呼び掛けている、そのテレビを切った方が、余程節電になろうというもの。そう思うのは、自分だけだろうか。

「ノノー!やっほー!夏休みの宿題は終わったかー?」
「へ?あれ、ヒワノちゃん?今日家に来るって言ってたっけ?」

 昼食の冷麺を作り終え、ダイニングテーブルに並べていた月之宮ノノは、いきなり入って来た隣の家の幼馴染、蒼倉ヒワノの姿に少し驚いた。少しで済んだのは、良くあることだったからに他ならないが。

「来るなら言っておいてくれたら良かったのにー。ヤミ兄とノノと、式神たちの分しか冷麺作ってないよー」

 月之宮家は代々、霊と闘い悪しきを払う、俗に言う陰陽師の家系であった。式神というのは、人間と契約し、力を貸す妖のこと。ノノたちもまた、陰陽師となることを目標としており、兄弟三人にはそれぞれ、母親と父親から預かった式神がついている。最も、ノノたちの父親は陰陽師ではなく、日本人でもない。ノノたちの父親は、悪魔払い。エクソシスト、と呼ばれるイタリア人であった。そのため、ノノとヤミルには母親から受け継いだ妖がついているが、ヤムルには父親から受け継いだ悪魔がついているのだった。
 彼らは特に食事を必要とはしないが、やはり食べないよりは食べた方が良いと思うので、ノノは毎回彼らにも食事の用意をする。
 ヤムルは現在、高校の部活に出ており夜まで帰ってこない。なのでテーブルに並ぶのは、四つの冷麺のみ。

「あと一つは作れると思うけど……」

 言いながら、キッチンに戻ろうとした時だ。

「ノノ、気持ちはありがたいが……妾とツクヨ姉上もおるぞー……」
「あ、カナメ。遅かったなー」

 ヒワノの後ろから現れたのは、彼女の双子の姉、カナメであった。
 ヒワノの他にカナメとツクヨがいるというならば、式神とヤミルを含めて総勢七人。到底足りはしないのだ。

「二人はお昼ご飯食べたのー?」
「いや、まだ食べておらんぞ」
「作ろうとも思ったんだが……何せクーラーがないもんだから、台所は辛くてなー……」
「あ、そっか。まだクーラー壊れたままだっけ?」

 先日、月之宮家にクーラーの涼を求めてやって来た幼馴染たち。おそらく今日も同じようだ。それまでも良く遊びに来る方だったが、あれから頻繁にこの家にやってくる。
 流石に昼ご飯時に来たことはなかったが。

「オレたちのことは気にしなくていーぜ?ヤミ兄のを横からかっさらえば事足り……むぐ!」
「……やめた方が良い、ヒワノ。木月華が聞いていたらブッ飛ばされるぞ」
「セツくんー」

 いつの間にかヒワノの真後ろに立ち、ヒワノの口許を抑えた青年の名は、雪月華という。雪のような白い髪に、褐色の肌、長くて多い真っ白の睫毛に、紫水晶のような目を持つ、長身の男である。
 何を隠そう彼は、ノノの式神であった。顔の横にある馬の耳と、腰の辺りから生えている馬の尾が、彼が人間ではないことを教える。温厚な性格だが、その気になれば辺り一面を氷の海に変えることも可能な、力の強い、氷属性の式神であった。

「どうしよう、セツくん。ご飯が……」
「話は聞いていた。自分や、木月華の分を振る舞うと良い。自分たちは、そう毎回食べる必要はない」
「ごめんねー」

 内心、それしかないような気はしていたが、何分こちらの準備不足がいけないので、言い辛かったのだ。雪月華は言うことだけ言うと、ノノの背後に移動し、その影に戻って行った。ノノの影が雪月華の住み処なのである。
 始終を見聞きしていたカナメとヒワノは、申し訳なさそうな顔で雪月華が帰ったノノの影を見ていた。

「雪月華にはワリィことしたなー……」
「本当じゃのう……。今度、ニンジンをプレゼントしてやろうか……」

 するとカナメの声を聞きつけたのか、ノノの影から雪月華がその胸辺りまで姿を現した。

「……頼む」

 その一言だけ言うと、彼は再び影の中に戻って行った。
 身長190センチある青年を可愛いと思う機会は、それほどないだろう。だがノノは心の片隅でそう思ってしまった。一言呟いた時の雪月華の目が、あまりに嬉しそうに輝いていたので。

「……だから憎めねーんだよな、雪月華は……」

 同じことを思ったらしいヒワノが笑うのを、ノノもまた嬉しい気持ちで見ていた。


ωωω


 誕生日というのは、悩むものだ。どのようなプレゼントがいいのか、やはり性別が違えばよく分からなくなってくる。
 相手が彼氏でも、ずっと傍にいるわけではないのだから。
 加えて、自分は方向音痴。あまり遠くまで物を買いに行ったりすることはできない。

「今年は何が欲しいですかー?」

 月之宮家の廊下を歩きながら少し考えた末に、ツクヨは直接聞いてみることにした。自らの彼氏の誕生日。付き合って今年でまだ二年ほどだが、彼と自分は幼馴染。誕生日プレゼントなど、もっとずっと、それこそ出会ったその年から渡しているのだから、何を渡すべきかさっぱり分からなくなっていた。
 彼なら、ヤミルならば何をあげても喜んでくれると分かってはいるのだけれど。
 真っ赤な髪をさらりと揺らしながら、ヤミルは不思議そうな顔で首を傾げる。

「何って……別に何でも……」
「……って言われると結構困るのですー。本当に何でも良いのですかー?」
「え、うん。何でもいいぞ?」

 くれるだけで嬉しい。
 ヤミルはそう言って笑う。
 だがそんなヤミルの顔を見て、ツクヨはむうと頬を膨らます。本当に彼は、同い年だろうか。何でこんなに余裕を持っていられるのだろうか、この男は。

「なんだ、どうした?ツクヨ」
「どうしたじゃないですー!もう、じゃあ本当に勝手に決めますからね!」
「な、何怒ってんだ?お前」

 ツクヨは自分の頭に浮かんだ考えが丁度良いと、口許に笑みを浮かべた。

「じゃあ……カラーリング剤を買ってきます!紫色の!」
「……は!?」

 驚くヤミルに、ツクヨはふふふっと笑った。
 もともと、彼に赤い髪は似合わないのだ。どちらかというと、紫の方が似合っている。と思う。それに、紫はツクヨの好きな色だった。

「誕生日に、私が染めてあげますー!」
「え、それ本気か!?そんなにオレ、赤似合わない?」
「はいー」

 問うヤミルに、ツクヨは正直に頷く。
 ヤミルはがっくりと肩を落とした。

「そっかー。やっぱ似合わないか。……ま、じゃあ仕方ないかな。紫だろうが、青だろうが、黄色だろうが、好きな色持ってこい。似合う色が見つかるまで付き合ってやるからさ」
「いえ、紫で決定ですー」
「……あ、そー」

 断言すれば、ヤミルは少し乾いた笑い声をあげた。
 こうやってヤミルを困らせるのが、ツクヨは案外好きだった。
 そしてきっと、これからも好きなのだろう。

「誕生日、楽しみにしててくださいねー!」

 ヤミルの誕生日は、十月十五日。その日までに、色々考えておこうと思った。
 やはり彼の恋人として、誕生日のプレゼントがカラーリング剤だけ、というのはおかしな話だから。

「紫にしたら、ぜひ伸ばしてくださいー」
「……お前も案外、無理難題を押し付けるよな……。とりあえず、道に迷わないように誰かに連れて行ってもらえよ」

 お前は方向音痴なんだから。
 そう自分を心配するヤミルの声をいつものことだと聞き流しながら、ツクヨは妹たちが待つダイニングへと足を踏み出した。
 それが、自分の最期へとつながる一歩だとは、気付かないままに。






2011/09/14